2021年04月01日

小さき聖者 - [ω:914] 世界に☆ちゅっ♡ [episode:30]【時なき究極の学びに☆ちゅっ♡】

子どもは、聖者だろうか?

この前のおしゃべりを発展させて、僕のつぶやきを、大公海しよう。



POP✧POP❉レ[=オン]❀和(なごみ)∫統領☀「というわけで、よろしく!みゃ~(≧ω≦)☆彡」



例えば、当時の帝国主義的社会に、子どもの脳構造が、理解されることはなかった。

シナプスが、子どもの脳構造の原理となっていることを知るのは、リベラルな大人の文化からだ。

それは、当然、大人の脳構造のメカニズムでもある。


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2021年04月02日

〔〔!〕〕 - [ω:915] 世界に☆ちゅっ♡ [episode:30]

当時の帝国社会には、シナプスは、存在していなかった。

これは、学術的には、系統発生として、歴史的、系譜学的に理解される、原人からの進化だ。

この途上にある、歴史的な帝国には、シナプスという世界は、なかった。

それは、未だ、一度も、出現していなかった ものなんだ。



ここの理解が、これからの未来、決定的に必要になってくる。

シナプスとは、系統発生的な当時の帝国にも、個体発生的な 現代のリトルチャイルドの中にも、全く、存在していないんだ。

ポスト形而上学って言うんだよね。
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2021年04月03日

基本的人権の尊重☆彡 - [ω:916] 世界に☆ちゅっ♡ [episode:30]

つまり、もっと未来には、シナプスを理解して主張する リベラルな大人の中に 全く存在していない 発見が、出現する。

リベラルな大人は、子どもの脳に シナプスの原理を見る。 シナプスを うまく扱うことで、子どもより 大人の方が 優れているだろう、しかし、それでは、子どもに 悪いから、基本的人権の 名のもとに、子ども も 大人も 同じくらい すてきだと 言おう。

これが、いわゆる、ロマン主義の 運動なんだね。


で。

合理的なリベラルは、子どもが、大人と同じくらい 優れているはず であることを、基本的人権の尊重によって、理解するんだ。


でも・・・。
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2021年04月04日

未だ存在していない発見 - [ω:917] 世界に☆ちゅっ♡ [episode:30]

もし、未来に、当時の帝国に 存在しなかった シナプスのように、今の リベラルの合理性の中に 存在していない発見が、出現するのだとしたら。

子どもが すばらしいのは、基本的人権が 付与されるべきだから、というだけではなく、驚くべき、明快な根拠を 付与する大人が、到来するんだ。



ここで、断っておきたいのは、どんな場合でも、ストーリーを 子どもに作る場合でも、大人の行った すべての活動、営みは、子どもとは、何の関係もない。

子どもの世界の中には、大人の世界、例えば、幼児の中に 合理的なシナプスの 科学的理解の世界は、ない。

だから、一見、子ども向けに 作っている ストーリーでも、どんな翻訳でも、それは、大人が大人の事情で 紡いだものであって、大人の世界内にある発見であって、子どもの世界とは、間接的にしか 関係しないんだ。


ちょうど、20年後の 過去の未来からやってきた 未来の人物が、現代の 歴史の歩みに 参加して来ただけだ、というように。
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2021年04月05日

子どもの世界☀ - [ω:918] 世界に☆ちゅっ♡ [episode:30]

大人の世界は、子どもの世界の一歩一歩を、子どもの外側の次元から、協力してきたということなんだ。

これは、子どもの世界とは、基本的に 直接の関係がない。

だから、子ども向けの 翻訳の中には、勘違いした 稚拙なものが 含まれうる。

子どもの世界において 不自然ではない 健全と言えるバランスは、善良性の回復という リベラルな ロマン主義の見方 基本的人権の尊重の見方によって、そのバランスの尺度は 理解されると思う。


子どもの感情が、家庭内暴力によって、傷つけられたとすると、それは、バランスを失い、どこかへ 吹っ飛んでいく。

未来の兵器と独裁者が、過去の世界に 手を伸ばすようなことだ。

子どもという、未来の過去の バランスは、大人という、過去の未来の 協力によって、多次元的に、創発している。
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2021年04月06日

大人の視点ω - [ω:919] 世界に☆ちゅっ♡ [episode:30]

子どもの感情のバランス、生命の均衡。 健全性を 多く保存し、善良性を回復しなければならない シチュエーションを 少なくできるような、抑圧的ではない 法に基づいた、子どもへの 手助け。

これが、リベラルが 基本的に目指すものだ。

ところが、これ自体が、きわめて 大人の視点であり、子どもの中には、全く存在していない。


大人が、リベラルな翻訳をしても、それでも、100%、大人の事情によって紡がれた声明であり、子どもに適用できる その助力とは、大人のアドレスのものだ。

繰り返すけれど、子どもの中に、それは、存在していない。
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2021年04月07日

見習いの大人たちの〝ある話〟 - [ω:920] 世界に☆ちゅっ♡ [episode:30]【時なき究極の学びに☆ちゅっ♡】

ここに、子どもの健全性が、より未来に、どのような、驚くべき発見を伴って、善良性への回復という ロマン主義を 包摂するかを、見ていきたいんだ。



子どもが、無人島に漂着し、その環境で 生きることを 強要される とする。

赤ん坊は、親の愛情が無ければ、昇天してしまう。

つまり、赤ん坊よりも、大人に近い 子どもたち、いうなれば、見習いの大人たち が、無人島に漂着するという視点として、理解しなければならない。

赤ん坊は、無人島では 生き残れない。

子ども もとい、見習いの大人たち は、そこで、可能な限り、生存戦略を駆使 し、他者である敵を蹴落とし、生き残ろうと するらしい。

まさに、一人一人が、死神となるわけだ。


ところが・・・。
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2021年04月08日

世界を想う成長 - [ω:921] 世界に☆ちゅっ♡ [episode:30]

よく考えなくても、これは、とっくに、健全性のバランスが、崩壊している。

善良性の回復、ロマン主義の リベラルなモデルは、基本的人権の尊重を 可能な限り 子どもに 適用することで 導かれる 合理的な視点 なのであり、基本的人権の尊重が 崩壊してしまった、不毛で危機的、想定外の環境では、この主張自体が、議論できない。

子ども もとい、見習の大人たち は、死神となるかもしれない。 しかし、それは、まずもって、リベラルな 基本的人権の尊重を 無視し、罵倒したい、保守的な帝国主義的 大人が仕掛けた 構想であり、場合によっては、ウイルスのような視点だろう。

保守派は、善良性への成長を語るが、社会適応までだ。

リベラルな基本的人権の尊重の 子どもへの適用、広義のロマン主義の視点が 出現するのは、その後、世界中のことを見ることができる 成長 においてだ。

上記の 善良性への回復の主張は、すでに、世界のことを考えられるまで、善良性への成長を果たしている 大人 だからこそ、主張できる力であり、これは、社会中心的な適応までしか、善良性への成長を果たさない 保守的な帝国主義者にて、善良性への成長が 語るに落ちている ということなんだ。

リベラルの方が、善良性への成長の責務を、より強く、果たしている。
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2021年04月09日

今までの〝大人専属の眺め〟 - [ω:922] 世界に☆ちゅっ♡ [episode:30]

にもかかわらず、リベラルの、ロマン主義は、平等に腐敗していくことが 多いらしい。

これが、子どもの視点と 大人の視点が 違うことの 決定的な理解に 欠けている荷重で 生まれている点だと、僕は気付いた。


まず、確かに、保守的な帝国主義者の言う、子どもは野蛮な無法者 であり 社会の為の法を教え込まねばならない 浅く小さい善しか持っていない人間である、善良性への成長が必要である、という点は、理解はできる。

しかし、それは主に、子ども時代に バランスを失い 健全性と善良性と 成長の勢いを 無くした 大人の盗賊のような無法者 に対して、当時に、より説得力を発揮したものだと思う。


大人の無法者と、子どもは、全く違う。

リベラルなロマン主義は、子どもと大人は 見えている視点が違うこと、子どもと 保守派や無法者 子どもと大人は 単純に全く別の存在であることを、理解しなかったことで、平等に腐敗するということを 招いているんだ。
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2021年04月10日

王族の子と野蛮な者 - [ω:923] 世界に☆ちゅっ♡ [episode:30]

リベラルは、基本的人権の尊重さえ 形式的にできれば、発達段階や 善良性 健全性の 尺度 を 無視してよい、というところにまで、荒壊してしまった。

確かに、発達段階を、無法者=子ども、子ども=野蛮で不完全な人間 と、保守的原理主義の用語で 理解すると、基本的人権の尊重の 子どもへの適用の大義を どぶに捨てることに なりかねない。


しかし、無法者の大人と、子どもは、全く別ものだ。


この識別が、決定的に重要なんだ。

子どもは、健全でバランスのある理由で 善良であり、大人の無法者とは違う。

たとえ、どんな階級の 帝国の貴族であろうとも、子ども時代は、みな、よく知る ふつうの子どもだった。

そう扱われは しなかったのだろうけど。

よって、保守的帝国主義もまた、例えば 貴族の子ども時代などの 種々 子どもの時代と、単なる無法者が 違うことは、理解できないことはない。
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