2019年06月10日

ワクワク(・∀・)✧もっとワクワクへ広がる✿ - [ω:253] 世界に☆ちゅっ♡ [episode:8]

別に、芸術だけが、内面とか意図のプロフェッショナルでも代表でもない。

けれど、コミュニケーションができる文化的な様式が、芸術的な言葉としてのタイプである、その芸術家によって交流できたときに、有利な点がある。


作品として痕跡を残せるからだ。

内面は、カメラでは記録することはできない。


芸術家の交流とは、深さ、より優れた〝芸術つまり想い〟を洗練させ発見していくことをも意味する。

その記録であり、発見であり、報告であって、継承とも言える。


奉仕活動は、誰かが〝慈善事業〟という古いカメラで追跡撮影している通り、あまり深い内面を洗練させる〝実践と証明〟にはならなそうな気がする。

芸術家の交流は、そういった 二人称の多数のコミュニティに、内面的な深さを伝搬させることができる要なのではないだろうか?
posted by とど at 16:00| 世界に☆ちゅっ♡ | 更新情報をチェックする